――――――――【無題】Rainbow after the rain―――――――――



ざぁざぁ。


雨の音がやけに耳に響く。
慌てて外を見れば思っていたよりは小雨だったけれど
傘をもって出なかった事を後悔した。
薄暗く曇っていて、泣きそうな空模様を見上げ
俺は小さくため息をついた。

「こりゃぁ酷くなるな…」

手早く掃除道具をロッカーに放り込む。
階段を駆け下り、従業員用出入り口へと急いだ。

いつも通りなれている道のハズなのに
薄暗いうえに、雨で視界も歪んでいる所為か
いつの間にか知らない道へ駆け込んでいた。

「雨宿りが出来るトコは…っと！」


少し雨の降りが強まった為、
ふと目に入った建物の屋根の下へと避難する。

「…こんな建物あったっけか…？」

この街には不釣合いな雰囲気。
ステンドガラスの細工が入ったドアをノックした。

「すみません、今日はもう閉館…」

奥から出てきたのは黒髪の青年。
眼鏡の奥に光るオッドアイの輝きに
俺は一瞬、息を呑んだ。

「雨に降られて困ってんだが…」

「嗚呼、それは大変だ。中へどうぞ」

中へ入るとそこは図書館だった。
様々な色、言語、大きさの本が詰め込まれた本棚が
壁一面に並んでいる。

「申し遅れました。僕はミシェル。此処の司書をしています」

「あ、嗚呼。俺は…Ｍｒ．ＫＫ」

奥へ案内され適当な椅子へ腰掛ける。
ミシェルは俺の向かいに座るとにこやかに笑い、

「ではミスター。此処で出会えたのも何かの縁です。
　どうか、一時の休息を楽しんでいってください」

何が嬉しいのかは知らないが、その笑みはとても嬉しそうだった。

「雨が治まるまで世話になるよ」



ざぁざぁ。


目の前のミシェルは何やら分厚い本を開いたまま。
先ほどから一言も会話は交わされず、
広い室内には、只々雨の音だけが響いている。

「…なぁ、ミシェル？」

沈黙に耐え切れず、声をかけた。

「どうしました？ミスター」

「いや、別に…そうだ、この図書館はアンタ一人しか居ないのか？」

とりあえず声をかけたものの、何も話す話題が無い。
静か過ぎる周りを見回すと、素朴な疑問が浮かんだ。
こんなに広い図書館なのに人の気配は無い。

「…えぇ。僕だけですよ。
　お客さんは日に数人程度ですから人手には困りません」

「へぇ」

適当に相槌を打ちながら顔を向けるとミシェルと視線がぶつかった。


嗚呼…まただ。

眼鏡越しに見るミシェルの眼はとても綺麗で
深い色に惹き込まれそうになる。
思わずぼぉっとミシェルの顔を凝視してしまい、
慌てて顔をそむけた。

「どうなされました？ミスター…先ほどから僕の眼が気になるようだ」

くすくすと笑いながら席を立つミシェルを
どうしても眼で追ってしまう。
自分でもどうして目が離せないのか分からない。

「…綺麗だと、思って」

素直に感想を告げる。
ミシェルは一度、驚いた様に目を見開くと、
すぐにふっと柔らかい笑みを浮かべた。
スッとミシェルの手が俺の頬に添えられる。

「貴方の眼もとても綺麗だ。僕なんかより、ずっとね」

「そんな事ない」

「…綺麗、ですよ。何も混り気の無い…澄んだ色をしている」


「そんな　」

…瞼の上に軽くキスを落とされる。

突然すぎる出来事に思わず思考が止まりそうになった。
不意打ちのキスに顔を赤らめれば、
ミシェルの手が離れた喪失感に息が漏れた。

「…綺麗ですよ？ミスター」

「…そーかよ…」


ミシェルの顔を直視する事ができず
背けた顔はきっとまだ赤いままだろう。





いつのまにか雨も上がり、薄く虹もかかっていた。

「良ければまた来てくださいね」

笑って手をふるミシェルの顔を、直視する事ができずに

「暇だったらな！」

と、叫ぶのが精一杯だった。



そういえば、いつが休館日だ？

「なぁ、いつが休みなん…


聞こうと思い、振り返ったけれど。
さっき別れたハズのミシェルはソコには居なくて
さっきあったハズの建物はソコには無くて

目の前には小さな空き地が広がっていた。


「…ミシェル？」

誰も居ない空き地へ向かって呼んでみる。
だが返事は返ってこなかった。


「どうなってんだ…？！」

クシャッ



ツナギのポケットに入っていた一枚のメモ

『貴方がまた逢いたいと願ってくれるのなら』

入れた覚えの無い走り書きは、きっとアイツが入れたんだろう。






「また　来るよ。　今度はちゃんと晴れた日に」



まだ少し雨の湿り気が残っている

誰も居ない空き地に向かって囁いた。

いつか訪れる再会の日は

きっとそう遠くないだろう。




――――――――――――――――+＋

何もかも隠していると見せかけて
彼には全てバレてしまっているに違いない。

　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　11.1　　七弦